【乙一】夏と花火と私の死体
「夏と花火と私の死体」
著者:乙一
イラスト:
集英社文庫
【bk1】
方々で絶賛されている乙一氏のデビュー作を文庫にしたもの。表題作の「夏と花火と私の死体」と「優子」の2本の短編が収録されている。基調はホラー色。
「夏と花火と私の死体」は、9才の夏、友達であるところの弥生に殺されて「死体になってしまった『五月』」の視点から、死体処理に追われる弥生とその兄、健の様子を描いた話。弥生の小さな嫉妬と、その後の恐怖はよくわかる。だけど、健の冷静さだけはすこし首を傾げてしまう。ちょっとサイコが入っているような描き方だけど、不気味過ぎかな。そこがホラーらしくもあるのだけど。「死体の視点」という変わった人称で進む話は確かにおもしろい。そこで描かれる状況も、空気が感じられるようで心地いい。最近、絵が見えない小説が多いので、こういう物を読めるとうれしくなる。不満なところは、前述の健の冷静さだけど、それも、最後を引き出す伏線としておかれているのかと考えると、必然なのかな? ここはちょっとわからない。もしそうなら少し言葉が足りないか。
「優子」は作家・政義と、政義の世話をする、友人だった人形師の娘・清音、それから書斎で寝たきりでほとんど姿を見ることのない政義の妻・優子の話。小説という媒体をうまく使った話なんだと思う。文章になっているのは情報の一部で、それも嘘はついていないかもしれないけど、真実でもないかもしれない。そういうことをうまく使っているのだと思う。ちょっと複雑すぎて、結局誰が正しいのかがワタシにはよくわからなかったけど。乙一氏の話は、こういうのが良くできている。ミステリーなんかで言う「ミスディレクション」というやつかな? 最後の最後で、「ちぃ、だまされた!」ということがたまにある。巧妙すぎて気づかないから。これはそんなにホラー色は強くない。
小野不由美氏の解説を読んで、こういう文章に破綻がなくきれいに流れる様な物を「構成力・観察力に優れる」というのだと実感した。ホラーが大丈夫なら読んで見るべし。